Tue
28
Feb
2023
装丁が何とも古めかしい昔の古典小説のようなので、読み進めて昔のSF小説家と勘違いしていましたが、2021年刊行のイギリスのSF作家であるエイドリアン・チャイコフスキーという著者のSF小説です。というのも上下二巻構成にも拘らず飽きさせずに進む物語と、内容が滅びゆく人類の宇宙難民船(といっても恒星間をコールドスリープで世代交代しながら旅するテクノロジーはある)と、その人類が古帝国として古代の人類として考古学的に研究するほど前に滅んだこれまた人類の残影でもあるテラフォーミングされた惑星を巡っての新生物との話が交差して進んでいきます。
その過程のストーリーが、古典小説の名作たちを彷彿とさせつつも、ナノウィルスで進化を促された蜘蛛たちがテラフォーミングの惑星の主役として描かれているのですが、その進化の過程と描写が本当にわくわくします。一方で交互に描写される人類の生き残りの難民のクルーたち、人類側の主人公ともいえる古学者のホルステンとレイン、蜘蛛側の世代を超えたボーシャ達のストーリーは別個の視点で別個の立場のストーリーなのですが、次の展開が待ち遠しく2つのSF小説を楽しんでいるかのような錯覚に陥ります。そして、両者をつないでいるのが古帝国時代の人類の生き残りでもあるカーンを乗せた惑星の軌道を回る衛星なのですが、人類の生き残りの末裔を人とも思わない冷徹さがクライマックスまで貫かれている一つのキーになっています。
この2つの人類と蜘蛛たちが下巻の本当に最後の数章で交差するのですが、その交錯は古帝国と復興した人類が結局地球を放棄せざるを得なかった教訓を活かせずに歴史は繰り返すのかと思いきや、ラストはまさかの人類の敗北なのかと思いきや、最後の数ページは物語冒頭から登場した進化と共生を促すナノウィルスが主役に戻るというどんでん返し(それでもこれだけハッピーエンドで楽観的な未来を描いたラストも珍しいのではないのでしょうか)で、2つの物語が最後に素晴らしい収束をするパターンは、いつか読んだ「異星人の郷(創元SF文庫)」というSFを想い出しました。
しかし、両方の異なるストーリーの中に、不老不死、男女のジェンダーの克服、政治政党のトピックなど様々な示唆に富む内容が無理なく組み込まれつつ、最後のラストで人類の永遠の課題で現代でも克服できていない多様性への普遍的価値と異なる価値への寛容と共生の答えをこれだけ素晴らしく描いた小説もなかなかないのではないでしょうか。アーサー・C・クラーク賞受賞とのことですが、SF関連の賞だけでない価値のある小説だと思います。こういったテーマに答えを描写できるところが、ある意味でSFの醍醐味とも言えるのですが、それを久しぶり具現化した長編だと思います。
装丁の蜘蛛の巣のデザインも、最初は古めかしいイメージでこれだけでも損しているのではと思ってしまいましたが、ラストの攻防戦の蜘蛛の巣のネットワークをイメージしていると思えば、ある意味納得のいくデザインではあります。何よりタイトルの「時の子供たち(CHILDREN OF TIME)」も一瞬何のことかと考えてしまいますが、壮大な時間を超えて交差する2つの種族と、その長い時間で育まれたある意味、古帝国の人類も予期していなかったナノウィルスの副産物?とも言える新しい価値観が、2度滅んだ人類への未来の啓示かと思うと、意味深な題名だと納得できます。
昨年からの世界情勢の中で、この小説の蜘蛛たちの価値観と異なる異種生物間の共生に答えを提示している本書は、ある意味で本当に価値ある書籍だと思います。一つのSF小説としてもエンターテインメント性が高く面白いのに、これだけのテーマに答えを提示している作者は物凄いことかと感じました。本書が初翻訳とのことですが、この先の著者の作品を楽しみにしたいと思います。
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