Wed

19

Mar

2025

クララとお日さま (ハヤカワepi文庫)

出張中の機中で読了したカズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞後の最新長編となる本著「クララとお日様」となります。本作で扱っているAF(Artificail FreiendというAIアンドロイド)が社会に浸透している近未来の世界観とテーマといい、本作以外の著作に共通している読後の簡単には言い表せない感動というか余韻といい、まさにノーベル文学賞作家の著作という言葉しか出てこないと言った感想でしょうか。
 AF(人工親友)であるクララと近未来の遺伝子操作と思われる「向上処置」を受けた少女であるジョッジーとの出会いから始まる本書のストーリーは、途中のジョッジーが置かれている境遇と彼女の死を想定した大人達のAFであるクララを利用した対応策?のスリルというかグロテスクさと合間って、読み物としても一気に引き込ませるもう感嘆しかない筆致です。
 その過程で徐々に見えてくる本著の格差社会(幼年期しか可能性のないかつ死のリスク?もある向上処置のシステム実施の是非)とクララであるAF(人工親友)へのモノとも人とも言えない扱いは、最初に読んだ著者の本であった「わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)」を彷彿させるものがあります。
 物語の結末としてはハッピーエンドとも言えなくもないのですが、最初から最後まで人工親友であるクララの視点で描かれる近未来の人類社会への洞察と警鐘、人間の「心」と愛情の本質への問いかけを全て同時に読者に想起させつつ一つの小説として読ませるストーリーは、普遍的なテーマと相まってもう早くも文学史に残る名著になるのは想像に難くありません。


 本著の中で名文も数ある中でやはり一番を挙げるとすれば巻末の解説にもありましたがAFであるクララが作中で述べる「カバルディさんは、継続できないような特別なものはジョジーの中にはないと考えていました。<中略>でも、カバルディさんは探す場所を間違ったのだと思います。特別な何かはあります。ただ、それはジョジーの中ではなく、ジョジーを愛する人々の中にありました」のくだりでしょうか。昨今の科学が示唆する人類がもう時期届くと自負している脳のコピーや不老不死テクノロジーへの、一つの戒めとも取れるところでしょうか。 昨年末から随分と完読した最新の不老不死テクノロジー本で述べられている唯物論的な脳や意識のコピーに対する楽観的な風潮に対しての、イシグロ氏の強烈なアンチテーゼとも受け取れなくもありません。
 その一方で、人工親友のクララが信じるお日様のパワーとジョッジーを救うがための一見常軌を逸しているかの行動とそれを支えるジョッジーへの愛情と使命感こそが人類が理想に考える無償の愛の具現化でもあり、それが人工知能のクララのみが一番に具現化しているという皮肉というよりはもう少し深い「愛」とは何なのかを、読者に考えさせるイシグロ氏の手腕と、クララを通して人工知能への期待と可能性も見て取れて、本当に読んだ読者に深いテーマを考えさせる手法に降参といったところでしょうか。
 実はしばらく本著の存在を知らなかったのですが、2023年には上梓されていたということで、イシグロ氏の次の著作に何年後に出会えるかは分かりませんが、今から楽しみにまた生きていくといったところでしょうか。

 解説に述べられている最後の一文の描写の意味や、全体を通しての考察については、下記のサイトが非常に分かりやすかったので、リンクを紹介させていただきます。

 さすがのノーベル文学賞作家の最新作ということであっという間に読了してしまい何だか勿体ない感じがしなくもありませんでしたが、本当に次回作を楽しみにまた過ごしたいと思います。

本作品の評価:5

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